すこし時間が経ってしまいましたが、昨年11月に出演した際のパンフレットに掲載された、長井好弘さんの記事です。無観客のため、配られずに終わった幻のパンフ。関係者の許可を得て掲載させていただきました。
「当世噺家気質」はアタシが前座の頃には既に連載しており、毎回読むのを楽しみにしていました。いつか自分も書いてもらいたいとあこがれていたので、ひとつ、夢が叶いました!
また書いていただけるよう頑張ります。
第六百二十九回 落語研究会
令和二年十一月二十四日(火) 国立劇場・小劇場
主催:TBSテレビ
<演目>
七度狐 入船亭遊京
孝行糖 玉屋柳勢
木乃伊取り 立川生志
加賀の千代 柳家小八
子別れ 春風亭一之輔
■当世噺家気質 その213 玉屋柳勢と「孝行糖」
「歌う会長」柳亭市馬の一門には、「昔の歌のうまさ」のランキングがあるらしい。「トップは市童」と弟子たちが口を揃える。惣領の柳勢はどの位置にいるのだろう?
「自慢じゃないけど、ダントツの最下位です」
二〇〇五年二月三日に、上野鈴本演芸場で市馬に入門志願をした。
「これから池袋に回るから、高座が終わったら話を聞こう」
市馬にチケットを買ってもらい、池袋演芸場の客席に入った。その時の高座が、「掛取り美智也」だった。三橋美智也のヒットメドレーで掛取りを撃退するという「市馬歌謡落語」(?)の代表作。何と、その日が寄席の高座の封切りだったという。
終演後の喫茶店で、柳勢の呆然とした顔を見た市馬が、ぼそっとつぶやいた。
「弟子入り、やっぱりやめるか?」
それでも何とか入門を許された柳勢は、桂南喬の「孝行糖」に心を奪われ、稽古をせがんだ。柳勢が勢い込んでしゃべる「孝行糖」を聴いて、南喬もぼそっとつぶやいた。
「君は、オンチだねえ」
結局、前座時代は上げの稽古(最終試験。これで OK が出れば高座にかけられる)をしてもらえず、二ツ目昇進後にようやく許しが出た。
「『数年が経つと多少良くなるな』と言ってもらえたけど、寄席でやる勇気はなくて、たまに自分の会でやるぐらいでした」
二ツ目時代の柳勢は、自分の会で毎月ネタおろしをする勉強家だ。「真打昇進」が見えてきた頃から、「大ネタばかりではなく、寄席で使える気の利いたネタもやらなければ」と思い、手つかずの宿題のような「孝行糖」に再び目を向けた。
柳勢のネタの最初の観客は、独演会の裏方を一手に仕切る、しっかり者のおかみさんだ。
「日本橋で久々に『孝行糖』をやったら、カミさんが『何だかよくわからない』と言うんです。落語には詳しくはないけど、妙に鋭いことを言う。こういうヤツを納得させなきゃと思い、前半の仕込み部分を刈り込み、サゲに向かっての流れを見直すなど、練り直したんです。そしたら、次の池袋の高座では『まあ、いいんじゃない』というお言葉をいただいて・・・」
結婚当初、ご意見番の賢妻は、柳勢の高座を見て「この人には何かが足りない」と思ったそうだ。考えた末の結論が「足りないのは宝塚だ!」。以降、二人で宝塚観劇を繰り返すうち、柳勢は熱烈なヅカファンになった。結局、足りないものは何だったのか?
「リズム感、ということなのかなあ?コロナ禍で延期になった真打披露興行も無事済んだし、これからの高座に、宝塚の何かが滲み出てくるかも・・・」 (長井好弘)
関連ブログ
[噺のネタ]1『孝行糖』(南喬師匠から)