「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し 口先ばかりで腸(はらわた)はなし」
そんな枕で始まるこの噺。
どんな粋な落語なのかなぁ、と期待して聞いてみると…
全然粋じゃないという。
なにしろ別名が『肥瓶』こいがめ。
そう、今やめったにお目に掛かれない(アタシも見たことない)ボットン便所のお噺です。
アタシの前座の頃…18年前には寄席でよく掛かるネタでした。
それこそ2日に1回は出たんじゃないでしょうか。
看板の師匠だけでも、さん喬師、雲助師、権太楼師、一朝師、扇遊師、喬太郎師…と、色んな方がされるネタでした。
それが最近では、絶滅、とまでは言いませんが、10日に1回?くらいに減ってきている様に思います。
何しろ、汚い、というのもあると思いますが、「肥瓶」自体がピンと来なくなってきているからなのかもしれません。
さほどウケない印象があります。
しかしそんな中で、今でも扇遊師は高座に掛けていらっしゃいます。
ドカンドカンウケているのを何度見たことか。
もちろん汚くて嫌な印象はありません。さすがです。
アタシもその扇遊師匠に教えて頂き、何度か掛けました。
が、ウケた記憶は皆無です。
とほほ。
そしてこの噺は、アタシが扇遊師に初めてお稽古を付けて頂いた噺なんです。
師匠には前座の頃から色々気に掛けて頂き、地方のお仕事にもよく連れて行って頂いていたのですが、
中々お稽古をお願い出来ませんで…
というのも、お忙しい上に、次から次へとお稽古をお願いされている扇遊師匠です。
また、必ずご自分でさらってから後輩に教える、という事も聞いていたので、アタクシごときの為に、わざわざさらって頂くのは申し訳ない、と中々踏ん切りがつかずにおりまして。
意を決してお願いしたのがこの噺でした。
1対1で教えて下さった上で「教わった時はもっと色んなくすぐりがあったんだけど、寄席用に15分でまとめちゃったから、これで補って覚えて」
そう仰って、ご自分が習った時のカセットテープを貸して下さいました。
聞いてみると確かに師匠のされないくすぐりが沢山。
ダビングして直ぐにお返しして、二ヶ月後。
アゲのお稽古。
アタシが喋り終えると色々直して下さって、じゃあお疲れ様でした、というタイミングで
「ところでアンちゃん、俺のやらないくすぐりが随分入ってるけどどうしたの?」
「え?いや、あの…師匠がホントはもっと色々入ってるから、とテープを貸して下さって、そ、それで足して喋りました」
「あぁ、そうか。だったら大丈夫だ。やってる間ずっと変だなぁと思ってたんだよ。」
どうやらテープの事をすっかりお忘れだったようで。
これ、聞いて下さったから良かったですが、何も聞かれずにそのまま帰っていたら。
教えていないくすぐりを沢山入れてアゲの稽古だなんて、なんて失礼な。
もう2度と稽古をつけてやるもんか!
そう思われたていたかもしれない。
そう思うと…今でもゾッとします。
ちなみに、披露目の時のネタ帳に『家見舞』と書いた前座さんが、
「バカ!披露目のときは『祝い瓶』と書くんだ」と怒られているのを見たことがあります。
ただ、小里ん師匠の『5代目小さん芸語録』という本には、大師匠、小さんが「祝い瓶なんて書くな」と仰っていた事が書かれています。
楽屋でその前座さんを怒っていたのも柳家の方だったのですが・・・。
(2022.5.12)
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