あれは2004年の歌舞伎座・海老蔵襲名披露興行でのことでした。
途中、團十郎さんが病で倒れて、急遽代演で『勧進帳』の弁慶を勤めたのが三津五郎さん。
何しろ歌舞伎十八番の宗家である市川團十郎の代わりを勤めるんですから、大変なプレッシャーもあったでしょうに、その弁慶の素晴らしいことと言ったら。
アタシは大感激でした。
その後、休憩を挟んで『魚屋宗五郎』。
このタイトルロールの宗五郎を勤めるのは、またも三津五郎さん。
始めは抑えていた、殺された妹への思いが、酒の酔いに任せて溢れ出し、花道を駆け出していく宗五郎。
これまた大感激!
後で知りましたが、三津五郎さんは大熱演の弁慶のあと、世話物の宗五郎に化粧をし直す訳ですから、
「汗がひけるまで休憩を長くしたらどうだ?」
という声もあったそうです。それを、
「襲名興行ですし、遠方からいらしてるお客様もいらっしゃるでしょう。その方達が帰れなくなるといけませんから、予定の休憩時間でいきましょう」
そう仰ったとか。
こんな大変な時でもお客様を大事にされている。
元々好きな役者さんでしたが、それ以来、大ファンになってしまいました。
基本に忠実、でも堅苦しくなく時代物・世話物・荒事・新作、どんな芝居でも楽しませて下さる方でした。
そして極め付けは、門外漢のアタシにもわかる踊りの素晴しさ。
国立劇場で、圓朝作品の『塩原多助一代記』を復活させた時もすこぶる評判が良く、見に行った噺家が皆「塩原多助って時代遅れな作品だと思ってたけど、あんなに面白い噺だったの!」という程。
これから2、30年は様々な芝居や踊りで楽しませて下さると思っていました。
そんな三津五郎さんが亡くなったのが2015年。
惜しい、悔しい、そう何百回言っても足りない思いでした。
そして今回の十一月歌舞伎が、三津五郎さんの七回忌追善狂言『寿曽我対面』。
以前、若手が三津五郎さんに荒事のお稽古をつけてもらったインタビュー記事(確か『車引き』だったかしら)を読んだことがありました。
その記憶もあり、今回、荒事の曽我五郎を息子の巳之助さんが勤めると言う事で、とても楽しみにしていました。
荒事は「上手い」と言われたらダメ。
三津五郎さんが著書でそう仰っていました。
荒事というのは、肚があってはいけないのです。
なかを空っぽにしておいて、「怒」の一文字だけを入れておけばいい。
あとは声と肉体に、ひたすら頼ればいいと思っています。
荒事は、概念とか思考とかそういう頭脳的なものが、なければないほどいいと思います。
冬の空のようにスコンと抜けているほど、その崇高さが生きてきます。
(岩波書店『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』より)
確かにこの役は技巧のある人がいい出来になるとは限らないようで、心理描写をしないことの難しさを感じさせます。
いっそ下手な方が演じやすいのでは…とも思いますが、下手では曽我五郎は勤まらず。
確かな技術を持ちながら、一切心理描写をしない。
なんと難しい!
アタシは三津五郎さんの『対面』の五郎は見たことはありませんが、『矢の根』の五郎は、そんな五郎だった様に思います。
そして今回、息子である巳之助さんが演じられた五郎からは、三津五郎さんの仰っていた様な荒事を、という想いが感じられる五郎でした。
それが大変に嬉しく思いました。
親の仇を討ちたい、ひたすらそう思う五郎の様に、歌舞伎に、そして三津五郎さんに対する真っすぐな魂を見せて頂けたような気がします。
また、三部の『花競忠臣顔見勢』で大星力弥を演じられた中村鷹之資さんも、亡くなった父親・富十郎さんを思い出させる声と体のキレ。
富十郎さん、三津五郎さんと共に大好きな役者さんでしたので、その息子さん達が頑張っているのを見て、刺激をいっぱい受けた十一月でした。
(2021.11.30 11:41投稿)
今回の観劇は
◎11月歌舞伎座二部『寿曽我対面』(十世坂東三津五郎七回忌追善狂言)
◎11月歌舞伎座三部『花競忠臣顔見勢』
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