[噺のネタ]20『厩火事』(十年後に聞かされた衝撃の事実。)

 

「明日までに覚えて来て!!!」

噺家が落語を教えて頂く場合、まずお稽古をお願いしますとご挨拶に伺い、OKの場合はそこで日時が決まります。

稽古当日は手土産を持参し、稽古場所へお伺い。

目の前で高座を拝見、録音させていただき、それを覚えたら、後日改めてアゲのお稽古をお願いする。

という流れになります。

末広亭でトリを勤めていた圓太郎師匠にお稽古のお願いに伺ったのは、二つ目になってすぐの頃。

「厩火事を教えてください」

「ああ、いいよ。明日10時に家に来て」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします!」

 

明日だからお礼の品物はどうしようかな、なんて考えていたら、

圓太郎師が突然、

「今日録音する物持ってる?」

「はい。あります」

「じゃあ今から高座でやるからそれを録音して。で客席に廻って聞いて覚えて。」

「ありがとうございます!」

袖に録音機を置き、客席に廻って高座を拝見。

楽屋に戻って

「師匠、ありがとうございました」

とお礼を言った、その次に師匠の仰った言葉が…!

「じゃあ、明日までに覚えて来て」

(!!!)

「えー!!」

通常お稽古をつけて頂いた噺を覚えるまで、1ヶ月くらい掛かるでしょうか。

それを明日までに覚えてと。

それでも先輩の言うことは絶対ですから覚えるしかありません。

 

徹夜でテープを書き起こし、腕が疲れたらそこまで覚えて、また書き起こし疲れたらそこまで覚え、を何度も繰り返し、朝までにどうにかこうにか頭にぶち込み師匠のお宅へ。

 

「師匠、おはようございます」

「お、覚えた?」

「はい、なんとか」

「じゃあやってごらん」

 

そこから、叩き込んだ物を師匠の前で吐き出すように喋り切ったアタシに、師匠が一言。

 

「うん、ただ覚えて来ただけだね」

 

一瞬、ほんの一瞬ですが、殺意が!(笑) 芽生えました。

 

さらに、「昨日いきなり高座でやったから出来が悪かったんだよね。もう一回やるから改めてそれで覚えて来て」

 

お、覚えなおし…(涙)

 

結局1か月後にまた見て頂いて、無事上げて頂いたのですが・・・。

 

真打ち目前に圓太郎師の会に呼んで頂いた時に、衝撃的なことを聞かされました。

「実はあの頃、君のことが嫌いでさ、あれちょっとした意地悪だったんだよね」

「…そ、そうだったんですか!」

 

嫌われていたなんて…ちっとも気が付きませんでした…。

 

しかし次の日に覚えて来たことで、なんとか根性?を認めて頂けたらしく、それ以降は色々お稽古をつけて頂いたり、歌舞伎に誘って頂いたりと、かわいがって頂いてます。

 

徹夜で頑張って良かったなぁ。

 

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